第29巻 第3号(No.115 Autumn 2021)

経営フロントライン

読まれる社史を考える

 経営史を専門としていると社史に関わることもある。ある会社の歴史を数十年というスパンで書こうとすると、業績の良い時もあれば悪い時もある。研究者として取り組む以上、その会社の正史として良いところも悪いところも資料に基づいて客観的に分析・叙述することに努める。悪いところの中には、社会的に少なからぬ影響を及ぼした事件や事故が含まれることもあるが、それらについてもなかったものと片付けるのではなく、第三者として客観的に記し、歴史に残すべきと考える。
 しかし、社史には、正史としての記録の側面だけではなく、広報の一部としての側面もある。最近では、社内の人に限定せず、広く多くの人に読んでもらえるような社史を作ることに主眼が置かれ、時に文章よりも写真を多く載せたビジュアル面を重視した社史もみられる。会社としては、広報的な側面もあるため、やはり事件や事故、業績不振につながるような事業の撤退や製品の失敗といったネガティブなものは、あまり多く取り上げたくないという気持ちがあるのかもしれない。社史の発行をめぐっては色々な立場や考えがあるため、何を最善とすべきかは難しいところであるが、悪いことにもきちんと向き合い、それをどのように乗り越えたのか、次にどのように生かしたのかを語ってくれる社史には学ぶところが多く、そのような社史こそ本当に読んでもらえるのではないか。

平野 恭平 (神戸大学大学院経営学研究科 准教授)